イタリアジュエリー ジュビラーレペルリナ イタリア ミラノで大人気!着物、浴衣、カジュアルにも似合う和柄とパールのアクセサリー:カジュアルリングとバレッタ。

GIUBILARE PERLINA

ペルリナ誕生秘話

~ イタリアミラノで成功したパール付和柄リングと和柄バレットのお話 ~

イタリアミラノへの進出後の苦難

弊社がイタリアミラノへの進出を果たしたのは2001年9月のこと。ジュエリーとファッションにおいて屈指の歴史を持つイタリアのテイストに、日本人特有の繊細さや加工技術を加えることに世界で戦うための突破口を見出し、その文化や感性をより身近で吸収することを目的として、又、次の100年に向けた事業展開の中心としての役割を期待して、現地法人の設立を計画、実行するに至りました。

しかしながら進出を果たした2001年には、EU統合の影響からイタリアの物価は2倍になってしまい、又、米国での同時多発テロの影響からEU各国のビザ発給は一時完全に停止。日本から派遣予定であった店舗責任者を現地に送り込むことができなくなってしまいます。

その後も各国のビザ発給に関する規制は緩和されることなく、明確な責任者が不在という最悪の状況が2年以上も続いてしまったことで、現地法人の存続は危ぶまれ、撤退も考えざるを得なくなって来た2003年秋、経営再建の切り札として白羽の矢が立てられたのは、翌年に大学卒業を控えた弊社4代目の柳澤政孝でした。

前出のように、4代目派遣案が出されたこの頃になっても、依然EU各国のビザ発給規制は緩和されていませんでしたが、現地法人設立の母体である柳澤商会の跡継ぎであるという点、又、現地法人の代表取締役社長としての派遣であるという点が考慮され、一時、獲得は不可能とまで言われた労働ビザをどうにか取得するに至ります。

実際に弊社4代目をミラノへ派遣したのが2004年4月。以後、明確な責任者を据え置き、スムーズな情報交換ができるようになったことで、私達の目的は確実に達成されてゆくようになります。

空前の日本ブーム

彼が責任者として渡伊を果たした2004年、イタリアは空前の日本ブームの最中にありました。ミラノ各地では怒涛の如く日本食レストランの開店ラッシュが続き、映画ラストサムライは空前の大ヒットを記録。畳や布団、仏像や漫画を販売する店舗なども出店され、日本人の私達からすると少し奇妙なほどにブームは加熱していました。

私達がミラノに設立した現地法人にも、着物や浴衣、ディスプレイの掛け軸を売って欲しいというお客様が押し寄せ、中には、和物雑貨の輸入代行を引き受けて欲しいという依頼まであったほどです。

しかし、私達はジュエリーを主軸として販売している法人であって、売れる物を何でも売ってしまったのでは節操がありません。

ですから、現場責任者を務める4代目柳澤政孝を含め、現地にて勤務に就いていた日本人従業員達は以後暫く、私達の主軸であるジュエリーという限られた商材範囲の中で、どうしたらより色濃く日本文化を打ち出せるのかに頭を悩ませることになります。

和柄リング、和柄バレットとの出会い

打開策は意外なところに転がっていました。

過剰とも言えるイタリアの労働法には、'従業員に対し21日間連続の夏季休暇を与えねばならない'という一文があり、これに違反すると、経営者は厳しく罰せられてしまいます。ですからYanagisawa S.r.l.の位置するソルフェリーノ通りの商店街でも、8月に営業をしている店舗はなく、私達もこれに習って毎年8月は店舗を閉じます。

私達が今回ご紹介する和柄リング、和柄バレットと出会ったのは、そんな1ヶ月の夏季休暇中、4代目柳澤政孝の帰国中のことでした。

現地法人責任者としてイタリアに渡ってから1年半後の2005年夏、夏期休暇を利用して帰国していた彼は、大叔父の経営する呉服屋を訪れます。特別な目的があった訳ではなく、久々に顔を見せに行っただけのことだったのですが、ここで、彼が電撃的に出会ってしまった商品こそが、和柄リングと和柄バレットだったのです。

パール付和柄リング、和柄バレットのミラノデビュー

とにかく見た目の可愛らしさに一目惚れした彼は、直ちにこれを購入し、本社に持ち帰って日本真珠の接着に取り掛かりました。

まず、リューターを使って土台となるリングに穴を掘り、穴の底には芯を立てるためにさらに小さな穴を開け、パールには芯を立てて専用の接着剤で固定。 イタリア店の夏期休暇が終わる頃にはこれを持って再びミラノへ渡り、2005年9月からはさっそく店頭にこの商品をディスプレイしてみた訳ですが、この時用意した2つのリングと3つのバレットは瞬く間に完売。

これにより、ある程度、この商材がイタリアでも受け入れられる感触を掴んだ私達は、年々その仕入れ個数を増やしてゆき、今では1回の仕入れで30個以上をオーダーするまでに至りました。

ミラノ店では現在、この商品のに対する問い合わせがない週はなく、発売開始から4年が経った現在ではすっかり定番商品として定着しています。

セカンドラインとして

イタリアのテイストに日本の技術を加えるという文化の融合をテーマに、私達がファーストラインとして展開するGIUBILAREは、高級ジュエリーラインを国内外に発信するブランドとして、又、イタリアに拠点を持つ日本ブランドとして広く理解して頂きつつあります。

しかし一方で、より多くのお客様にジュエリーに触れて頂きたいとの想いから、ライトでポップなラインを平行させるべきだと、私達は常々考えていました。

ミラノに小売店舗を設立してからは特にその想いが強く、'ジュエリーショップ=重厚で入りにくい場所'というイメージを払拭し、特に、若い女性にもジュエリーに触れて頂く機会を増やしていくことが、今後の宝飾業界の発展に必要不可欠な要素であると、私達は感じています。

実際にこの商品の取り扱いを開始してから、ミラノ店では、若い世代のお客様の来店が目立つようになり、気軽に身に付けられるジュエリーラインとしてこの商品が親しまれているばかりか、本格的なジュエリーそのものに興味を示す若い世代の獲得に成功しました。

命名:GIUBILARE PERLINA

PERLINA(ペルリーナ)とは『小さいパール』を意味するイタリア語で、転じて『小さいもの』『可愛いもの』『キラキラと光るもの』にも使われる単語です。

GIUBILAREのセカンドラインとしてこの商材を扱うにあたり、私達は、そのイメージに最適だと考え、こう命名しました。

カジュアルファッションのワンアクセントとして、浴衣へのワンアクセントとして、日本のお客様にも同じく、GIUBILARE PERLINAを気軽にご利用頂けたら幸いです。